神戸地方裁判所 昭和25年(行)21号 判決
原告 坂上隆由
被告 兵庫県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、被告が昭和二十五年三月二十四日なした兵庫縣武庫郡御影町と神戸市との合併決定を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めた。
三、事 実
原告は兵庫縣武庫郡御影町の町民であるが、右御影町は昭和二十五年三月二日神戸市と合併の仮調印をし、その翌三月三日本調印を行い、次いで被告は同月二十日行われた兵庫縣議会の議決を経て同月二十四日右合併を決定した。しかしながら、原告等御影町民有志においては、右合併は御影町の存亡に係る重大問題であるから、兵庫縣議会の議決に先立ち地方自治法第七十六條により選挙権を有する御影町民に認められている同町議会の解散請求権の行使によつて、右合併に賛成であるか否かの御影町民の総意を表明せしめ、その総意を問うた後兵庫縣議会の議に付することが地方自治の精神からいつても又地方自治団体の選挙民にその地方自治団体の議会解散請求権を認めている地方自治法の精神からいつても当然の事と考え、原告がその代表者となつて御影町議会の解散を請求することとし、同月八日同町選挙管理委員会からその旨の証明書の交付を受け、同日より法定の手続に從い御影町議会解散請求名簿に右趣旨に賛同する御影町民の署名ならびに押印を求めたところ、同月二十二日に至り、その署名押印者が法定数に該当する二、四九九名を三九〇名も超過する二、八八九名に達したので、同日一旦右署名簿をその署名押印者が選挙人名簿に記載されている者であることの証明を求めるため同町選挙管理委員会に提出したが、同委員会は署名簿に通し番号を附するよう要求し原告に返還したので、原告は署名簿に通し番号を附した上同月二十五日これを同委員会に再提出した。しこうして原告等は右町議会解散請求署名運動の間、被告に対し絶えず連絡をとり右町議会解散請求の進捗振りを報告すると共に御影町と神戸市との合併決定の延期方を申請していたにも拘らず、被告は右町議会解散請求の結果の判明をまたず前記の如く兵庫縣議会の議決を経て同月二十四日御影町と神戸市との合併決定をし、御影町の存亡という重大問題に関し同町民の総意を問うため原告がその代表者となつて請求手続中の御影町議会解散請求を不可能ならしめ、ひいて、右合併が御影町民の総意に反する旨を表明することを妨げ、右合併につき最も利害関係を有する御影町民の総意を無視するに至つた。よつて被告の本件合併決定は地方自治法第七十六條のみならず日本国憲法が基盤として採用する民主主義の精神にも反する違法の行政処分であるからこれが取消を求める、と述べた。
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、被告は地方自治法第七條の規定により、昭和二十五年三月四日になされた神戸市および御影町の適法な合併申請に基き、同月十日これを兵庫縣議会に提案したところ、同月二十日同議会において全会一致の可決を見たので、同月二十四日これが合併決定をなし、内閣総理大臣にその旨の届出をしたもので、原告は御影町議会の解散請求をしていたにも拘らず、被告が急速に御影町と神戸市との合併を決定し、よつてその議会解散請求権の行使を妨げたと主張するが、右の合併決定は前記の如く成規の手続を経てなされたものであり、その処分の時期は被告の自由裁量に属し、客観的に妥当なりと認めた時期になしたものであるから何等違法な行政処分ではない、と述べた。
四、理 由
被告がその主張の如く地方自治法第七條に規定する成規の手続を経て昭和二十五年三月二十四日に兵庫縣武庫郡御影町と神戸市との合併決定をなしたことは原告の爭わないところであり、右の地方自治法第七條によれば、市町村の廃置分合は、関係市町村の議会の議決を経た申請に基き、これを包括する都道府縣議会の議決を経てその都道府縣知事が定め内閣総理大臣に届出ることを要請するのみで、その関係市町村の全住民の直接投票による意思決定等は要請されていないのである。なるほど市町村の廃置分合についてはその全住民の直接投票等によりその総意に問うた上でこれを決するのが政治上妥当な処置である場合もあろうが法律上被告が原告主張の如き趣旨目的を有する本件の御影町議会解散請求の結果判明をまたず本件合併決定をしたからと言つて政治的当否は別として、現行法上は、前記認定の如く地方自治法第七條所定の成規の手続を経てなされている以上違法の行政処分とはいえない。また現存の御影町議会は同議会に対する解散請求があつた場合、その解散投票の結果過半数の同意があつたとき、同町選挙管理委員会の投票結果公表の日に始めて解散するもので、それまでは現存の同町議会は存続し、有効にその権限に属する議決をなし得べく、從つて同町議会の存続する間になされた同町議会の議決を経た同町の本件合併申請は原告等の本件解散請求によつて法律上当然にその効力を左右されるものとはいえない。しかも地方公共団体の議会解散請求権はその趣旨目的とするところが原告主張の如きものであつたとしても、どこまでも解散請求の政治的動機や目的であつて、法律上は、現存の議会を將來に向つて解散することを目的とする請求権であるが、被告の本件合併決定によつて現存の御影町議会の消滅をきたし、原告等の当時の御影町議会を存続せしめまいとする直接の目的は結果において遂げられているのであつてその解散請求権をいささかも侵害するものではない。これを要するに原告は、市町村の存廃を決する重大事を住民の直接投票による意思決定にまたしむることなく議会の議決による意思決定によらしめている現行制度に満足せず、その合併を議決した御影町議会の解散請求をなし、その事由として御影町の神戸市への合併を不当として公表せしめ、その解散請求に対する住民の賛否の投票をもつて、右合併の当否を決する住民総意の表示として政治的に利用せんとするものであつて、解散請求本來の法律上の目的と直接関係のない政治的目的を結びつけてその目的を害されたと主張するに帰し、原告の主張はそれ自体理由がないといわねばならない。よつて原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十五條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 北後陽三)